先日のメディア芸術祭で少しだけプレイしていたのだが、実はその時はあまり感銘を受けなかった。購入して最初からプレイしてみたら、どこがどうよく出来ているのかわかった。そう、ゲームというのは、買ってきて、封を開けて、最初にプレイしたときのインパクトが一番大切なのだ。最初の15分で、そのゲームをつらぬくコンセプトを全て伝えること。実はゲームにとって、これが一番大切なことなのだ。
「ナムコ黄金期の復活」という話題が出ている。聞いただけでわくわくするじゃないですか。同時代を生きた人間には、例えば「笑って頼朝」というセリフを聞けば、それがどのゲームのどんな場面に出てきた言葉なのか、すぐにわかる。もしかしたらそんな時代がまたやってくるかもしれない。そう考えるだけで、生きる希望がわいてくる。
「完璧なゲーム」というのは実は結構難しい概念である。例えばリブルラブルは完璧なゲームだ。マッピーも完璧なゲームだ。そしてパックマン、これこそ完璧なゲームの代表格だろう。しかしそのどれもが、すごい技術力のゲームというわけでもなく、大作というわけでもない。しかしそのような外形的な基準とは関係なく、それは完璧なゲームなのである。
下手にその背景となる技術を知っていると、作品を技術力で評価してしまったりするということがある。これは作品の評価にとってはマイナスにしかならない。あるゲームが完璧であるかどうかは、あるコンセプトが最初から最後までつらぬかれているかどうかで評価する。それはつまり、付け加えるものが何も無い状態ではなく、取り去るべきものが何も無い状態である。それが完璧な状態なのである。そして、塊魂は完璧なゲームである。
ゲーム作りというのは非常に難しい。ゲーム作りを理解していない人は、なにか面白いアイデアを考え、それを実現させればゲームになると思っている。そんなことはない。もちろん核とアイデアがなければゲームを作りはじめることができない。しかし、それを商品としてのゲームへと完成させるには、しなければならないことが山程ある。商品として発売するものを一度も作ったことが無い人は、このことを理解できないのではないか。
なんてことを、「オープンソースエヴァンジェリストの盲点」を読みながら考えてみた。
http://pop-site.com/column/col036901.htm
http://amanoudume.s41.xrea.com/cgi-bin/mt/archives/000112.html
http://amanoudume.s41.xrea.com/cgi-bin/mt/archives/000124.html
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001GQ8KO/etocom05-22/ref=nosim
こんなにベタボメしてるのに、肝心のアマゾンアソシを貼るのを忘れてたよ!
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アサマシ道は遠い…。